「国産AIは世界から1年半遅れている」。そう聞くと、あと1年半頑張れば追いつけそうな気がする。
しかし、今日の到達点が相手の18か月前と同じだとしても、相手はそこで待ってくれない。先頭の投入規模が毎年何倍にもなる競争では、遅れを保つだけでも相当な増強が要る。
「何年遅れか」は現在地の説明であって、追いつく計画にはなっていない。国内の数千基級の設備と、米国の数万〜数十万基級の設備。その隔たりを地図にしてから、追走速度をグラフにする。「1年半」は全モデル共通の実測値とは扱わず、追いつく期限と読み違えたときに何が起きるかを検証する。
日本の計算基盤を、世界と同じ目盛に置くと?
国内にも大規模な設備はある。ABCIの公式構成はH200を6,128基。ソフトバンクの2025年7月発表では、B200を4,000基超搭載した設備が完成した。さくらインターネットは2026年2月にB200約1,100基の追加設備を稼働させている。
一方、Metaは2024年3月の時点で、H100を1群あたり24,576基備えたクラスターを2群公表していた。2026年5月のColossus 1の開示は、H100・H200・GB200を合わせて22万基超。図ではMetaの1群と比較する。
スマートフォンでは図を横にスクロールできます。
図の右端と左端は、微差ではない。桁の異なる設備が同じ競争の背景にある。ただし、GPUの台数比を、そのままAIの性能比にしてはいけない。新旧のGPUは同じ1基でも能力が異なり、設備の全量を一つの学習に使えるとも限らない。
ソフトバンクは同じ発表で自社基盤全体を1万基超としている。これは図のB200群を含む合計であり、別枠で足す数字ではない。また2026年5月にはGB200 NVL72などを使うクラウドのベータ利用開始も公表している。古い開示の点を「現在の全保有量」と読み替えると、国内側を過小評価する。
国内の設備を全部足して、ひとつの巨大モデルを育てればよいのでは? 会社ごとに比べておるから小さく見える、という反論はどうじゃ。
それには、設備をまたぐ通信と利用枠を確保する必要があります。ABCIは共用基盤ですし、クラウドには別の顧客もいます。国内にある基数と、ひとつの開発チームが連続して占有できる基数は、別に集計しないといけません。
「日本にもある」は確認できる。そこから「世界の最先端を更新できる規模を、一つの開発に投入できる」までには、まだ確認すべき距離がある。
設備の大きさと、学習に使った計算量はどう違う?
設備の写真は分かりやすい。しかしモデル開発で知りたいのは、実際にどれだけ計算を回し、その結果どんな能力を得たかだ。
GPUの種類・基数・接続構成。どれだけの仕事を同時に回せるか。
何基を何時間動かし、どれだけ実効性能を出したか。計算の総仕事量。
同じ評価条件で何ができたか。計算の量だけでは決まらない成果。
たとえばDeepSeek-AIの技術報告(2024年初稿、2025年改訂、arXiv)では、DeepSeek-V3の全学習に278.8万H800 GPU時間を使ったと記載している。これは中国のGPU保有台数を示す数字ではなく、特定モデルの学習に使った時間を合計した数字だ。
同じGPUなら、基数と稼働時間を掛けることでGPU時間になる。さらに実際に出た計算性能を織り込めば、学習で行った演算量に近づく。通信待ちや停止があれば、機器カタログの最大性能を掛けただけの値には届かない。
設備の完成を、モデルの競争力が完成した報告として読まない。データの作り方、学習手法、試行錯誤によって、同じ投入でも成果は変わる。「計算資源さえ買えばよい」では説明が終わらないのだ。
18か月の間に、先頭はどれだけ大きくなる?
ここで時計を計算量に置き換える。Epoch AIのトレンド集計は、2020年以降の最先端言語モデルの学習計算量について、年5倍の増加傾向を示している。90%信頼区間は年4〜6倍。これは過去の推定傾向で、今後の成長を保証する数字ではない。
その年5倍という速さを18か月に換算すると、次のようになる。
18か月前の先頭と同じ量を投入できるようになった頃に、先頭の学習一回の規模は約一桁上がっている。そういう競争なら「1年半」という音の短さは、距離の近さを意味しない。
ただし、この11.2倍は知能が11.2倍という意味でも、日本に11.2倍のGPUが必要という意味でもない。見ているのは、過去に最先端モデルへ投入された演算量が膨らんだ速さだ。
待てよ。作り方も進歩するなら、昔の最強モデルを今つくるのは安くなるのじゃろう? 昔と同じ計算量を用意せよ、というのもおかしくないか。
そこは追う側の利点です。Epochも事前学習の計算効率が年約3倍で改善する傾向を示しています。ただ、公開された改善を先頭も使えば、追う側だけの加速にはなりません。過去の性能を再現する費用と、今日の先頭を抜く条件は分けて考える必要があります。
追いつき方は、設備の増強だけではない。効率化で差を縮める道もある。だからこそ、設備の数字に加えて、同条件の能力評価で実際に差が縮んだかを見る必要がある。
同じ速さで頑張れば、差は縮むのか?
もう一段、単純な計算をする。先頭が10、追う側が1の規模から始まり、先頭は毎年5倍になると仮定する。ここで比べる規模は、同じ定義の学習計算量だ。日本と特定企業の実測値ではなく、追いつく条件を見るための模型である。
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| 追う側の年間倍率 | 1年後の差 先頭÷追う側 | 2年後の差 | 同規模になる時期 |
|---|---|---|---|
| 3倍 | 約16.7倍 | 約27.8倍 | 差が広がり続ける |
| 5倍 | 10倍 | 10倍 | 差が固定される |
| 10倍 | 5倍 | 2.5倍 | 約3.3年後 |
| 約23.2倍 | 約2.15倍 | 到達後のため省略 | 1年半後 |
編集部試算。t年後の差=10×(5÷追う側の年間倍率)t。10倍で追う場合の到達年数は ln(10)÷ln(10÷5)≒3.32。18か月で到達する倍率は5×101÷1.5≒23.21。一定の成長が続く仮定で、モデル性能の予測ではない。
グラフの灰色の帯が広がる。同じ年5倍なら、比率は10倍のままでも、計算量の絶対差は起点の9から18か月後には約100.6になる。追う側も猛烈に成長しているのに、用意すべき追加の計算量は増え続ける。毎年10倍という先頭を上回る増強を続けても、初期の10倍差を埋めるまで約3.3年かかる。
「前年比で伸びました」と「世界との差を縮めました」は、別の実績だ。
すると、毎年「大幅増強」を発表しておっても、順位は変わらんことがあるのか。去年の自分には勝ち続けておるのに。
評価相手を去年の自分にすると、追いついていなくても毎年成功を報告できます。「追いつく」ための支援なら、比較相手を固定し、相手との差がどう変わったかまで成果に含める必要があります。
では、国産AIは何を示せば「追いついた」と言える?
国内のモデル開発を「何も作っていない」と片づける必要はない。PFNの2026年6月22日のPLaMo 3.0 Prime発表には、Chat/APIでの提供と、日本語性能・コストの比較がある。比較対象はgpt-oss-120b、Qwen3.6-27b、GPT-5.4 Mini、Claude Haiku 4.5などだ。
ここから読めるのは、PFNがその性能・価格帯で競争力を訴えていることだ。自社の日本語評価と選定した比較対象での結果を、世界最高性能への到達証明に広げることはできない。国内のフラッグシップという肩書と、世界の最先端という到達点は一致しない。
国内に設備があり、商用モデルも出ている。しかし、ここまでの開示だけでは、日本が世界の先頭との差を縮めているとは確認できない。これが、この地図と資料から置ける現在地だ。「国産だから成功」と採点すれば、この未確認の部分が丸ごと消えてしまう。
公的支援で国内の供給基盤を維持するなら、供給能力や利用実績で評価できる。最先端モデルへの追いつきを掲げるなら、世界との距離を測る必要がある。目標を切り替えること自体は政策判断だが、追いつく約束を、設備が完成した実績で精算してはいけない。
次の発表で欲しいのは、「前回より増えた」から先だ。
同じ評価条件で世界との差は縮んだか。その改善を出すために、どれだけ計算を使ったか。次も相手より速く改善する見込みを、何で支えるか。
設備の竣工とモデルのリリースは出発点になる。その先の比較を出さずに「追いつく」と言い続けるなら、18か月は計画上の期限ではなく、安心してもらうための言葉になる。

次の景気のよい発表は、ひとつ前の発表と並べて読もう。わしも「新しくなった」と聞くだけで、前の約束を忘れがちじゃ。
「日本は終わり」も、採点を省く言葉になる
国産の成功談にも、衰退を笑う話にも、読まれやすい見出しを作る誘惑がある。私たちもその商売の中にいる。今回は設備の差を見せたうえで、そこから断定できる範囲を狭く取った。批判を続けるためにも、比べる物差しをこちらの都合で動かさない。
関連:「AI勢力図」の読み方。本稿は設備規模と追走条件を扱う補助線であり、公言の到達度を追う月次評価とは別の比較である。
参考文献・検証ログ
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参照は 9 本あります。監査はまだ保留で、公開前の確認が残っています。
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参考資料
- 参考ABCIの公式構成abci.ai
- 参考ソフトバンクの2025年7月発表softbank.jp
- 参考さくらインターネットは2026年2月sakura.ad.jp
- 参考Metaは2024年3月engineering.fb.com
- 参考2026年5月のColossus 1の開示x.ai
- 参考2026年5月にはGB200 NVL72などを使うクラウドのベータ利用開始softbank.jp
- 参考DeepSeek-AIの技術報告(2024年初稿、2025年改訂、arXiv)arxiv.org
- 参考Epoch AIのトレンド集計epoch.ai
- 参考PFNの2026年6月22日のPLaMo 3.0 Prime発表tech.preferred.jp